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藤志郎

2010年02月21日

塞翁が馬、…か。


 どうも最近、禍福の内、禍が重なっているようです。先日は自転車が盗まれ、コートをダメにしたことを書きましたが、今度はEM(イーモバイル)がぶっ壊れました。二年と数ヶ月ほぼ毎日使っていたので、ま、寿命かなとも思います。修理という手もあったのですが、EMの仕様については少々不満がありまして、結局解約することにしました。契約も二年契約でしたので違約金、解約料は必要なく、ただ手続きが書類待ちと少々面倒なんですが、今後のことを考えるとこれも仕方なしと思います。

 しかしEMが使えないとなると、後はネット接続できるのは携帯電話のみとなります。…となるとこのブログも書き込み出来なく(出来難い)なります。で、どうするか考えた結果EMは見限って、新しいネット接続端末を購入することにしました。二年契約ということもありますし、丁度いい潮時だったとは思いますが、また出費なのも確か。うーん、痛いなぁ。

 で、今回契約したのはWIMAX。端末の値段はキャンペーン中ということで2800円。通信費が月々(確か)4480円。解約は翌月でも可(ペナルティが無いとの事)スペックが上り最大10MB、下り最大40MB。

「うーん、これってかなり凄いですわ。ブチブチ切れる(自分の持っている)EMの最大値が下り3.6MB、上り1.4MB。月々6千幾らか払っているのもバカらしい。…いや有線のネット環境と比べても遜色ないんでないの?」斯様に考えたのも無理ないことだと思います。問題なのは家のパソコンで使用できるのかということなんですけど、トライセット(二週間無料)で試せるということで、無論加入前に試してみました。…最大値はもちろん出ませんが、それでもEMに比べたら格段の差。自分のEMの最大値は軽くクリアーしていました。で、トライセットは一日で返して即決で加入しましたよ。

 …しかしですわ。世の中そうそう上手く行くものではないですな。本製品を接続してみたら、これが動かないんですわ。トライセットではちゃんと動いていたのに?何でやねんと色々試したが私ではもうお手上げ。接続端末(パソコン本体はデスクトップなんで持ち運び出来ない)を友人やパソコンショップの店員さんに見てもらっても原因不明。結局一日で販売店に持ち込みと相成りました。初めは色々試していた店員さん。これはひょっとして初期動作不良かもとの話も出たんですけど、いろいろ調べてくれた結果、どうもトライセットのドライバーのせいだと判明。事なきを得ましたが、これって店への行き来、店員さんとのやりとりなど精神的にも労力的にもまったくのムダですよ。ホントついていないですわ。まあ、店員さんには非がないし、仕方ないとは思うんですけど…。

 しかし、一言言わせて貰うなら、購入した説明書のトラブルシューティングの方法では何遍やっても解決できないんですよ。あれって問題でしょうなぁ。トライセット(それ自体は良い試みですが)のアンインストールの仕方なんて一言も書いていませんでしたからね。普通にトライセットをプログラムから自動アンインストールしてもドライバーがそのままパソコンの中に残るなんて一言も書いていない。それが原因で端末を認識できないことがあるなんてどこにも書いていない。そのドライバーを手動(自分でパソコンの中から探し出して)削除しないとエラーが出るなんてホント一言も書いていないわけですよ。トライセットも削除するのは良いとして、どうしてスタートアップに登録されたプログラムの自動削除からだとドライバーが削除されないのか意味不明ですし…。それってかなり不親切というか、…手落ちなんでないのと思ってしまいますけどね。  

 結局上記の経過を経て問題なく使えるようになったんですけど、解決するまで、これはパソコンの相性が悪いから使えないんじゃと不安になるし、もしかしたら不良品をつかまされたかと疑心暗鬼にもなりました。正直新しいパソコン買わなくちゃネット出来ないかもとも思いましたもん。そう考えると説明書はやはり不親切ですわ。

 ま、EMと比べるとネット環境は格段に向上しましたからもう良しとしますけど、最近やはりついていない。人生塞翁が馬というから、何がどう変化して禍福が逆転するかわかりませんが、しばらく大人しくしていた方が無難かとこの頃考えとります。  

Posted by 藤志郎 at 15:40Comments(13)TrackBack(5)日常生活

2010年02月16日

…「鬱」だなぁ。

…鬱だなぁ。

…こんなことを書くとホントに病んでいる人には申し訳ないですが、…どうも気分が乗らないんですよ。傾向としては下降気味。ま、鬱々としているということで自己判断「鬱」なんですわ。

 私の場合、身体的な要因、つまるところ内的要因による気分の下落というより外的要因、周りを取り巻く環境的要因に精神が作用されての「鬱」なんですが…。うーん、でも大部分の人の「鬱」傾向なんてそんなもんでしょう。例えば金銭的な問題、人間関係、、将来に対する不安なんてことがストレスの原因となり現代社会の人間を蝕んでいるわけですが、つまるところ社会人をやっていれば避けて通れない環境に対する条件反射的なストレスって奴が、現代病「鬱」の主原因だと思われます。このご時世生きていくってのは何かと大変ですわ。

 で、多分に漏れず私の場合の今回の「鬱」傾向の原因なんですけど、十割換算でバラしてみると、職場の人間関係が三割、金銭問題を含む将来の不安が三割、歳を録ることに対する不安(健康問題を含む)二割、最近起こったことに対する不満二割って感じなんですが、まぁ、よくよく考えると大したことではないんですよねぇ。…ナニ悩んでるんだよオレ?って思わぬでもないですが、うーん、下降気味だと、頭で分かっていても持ち直せないっていうか、つまるところ、ドツボにはまるってな状態です。

 で、今回は最近起こったことに対する不満二割について書いてみます。

 いやー、これは最近も最近、ホンの二、三日前のことなんですけど、自転車を盗まれましたわ。この時期に自転車盗む奴ってどんな奴なんでしょうねぇ。アパートの駐輪所に鍵をかけて置いておいたものを盗んでいくってことは、「ホンの出来心」ってわけではないでしょうなぁ。まぁ、個人的に見解を述べるなら、理由はどうあれ盗んだ奴に対しては「死ねよ」って思いますけどね。かなりキツイがこれ本音。

 白石って治安が良くないところですけど、ま、どこにいようが手癖の悪い奴は手癖の悪い奴ってことで、基本的に人間の属性は変らないというのが私の考えでして…。

 まず初めに。私は性悪説の信奉者です。人間は教育によって更生されるもので、生まれ持った属性としての欲望は環境や教育によって制御されると考えています。そういった意味での「性悪説」なんですが、人間が根本的に変れるのは大体二十歳くらいまでとも考えています。それ以降は奇跡でも起こらない限り人間はそうは変らない。人のモノに手を出す奴は多分一生そういう人生を歩むんだろうなぁと思います。人間は過ちに対して更生する可能性を有しているだけで、必ずしも更生するわけじゃないというのが私の見方です。ましてや「自ら」更生するってのは絶無だと思っています。だから懲罰の意味がある。
 その手の人間が自ら過ちを悔いるなんてこはないでしょう。悔いるとすればそれこそ奇跡です。若いうちはそれも(教育や環境により)可能かもしれませんが、二十歳をこえた良い大人が更生する可能性は極めて低いってのが、偏見といわれようが、私の持論です。

 勿論、人間は弱い存在ですから追い詰められて否応なく、他に生きる選択肢がなくて仕方なくってのは社会的には許されなくても、人間の業としてはアリだと思います。つまりは生存権に絡む問題。酌量の余地があるわけです。
 極端な例えですが、自分の利己的な欲求を満たすために他人を殺す人間と客観的に正当防衛と認められる結果として人を殺した人間は同じじゃない。

 衣食足りて礼節を知るってのもある意味正しい。だけれども衣食にも限度というか節度があるでしょう。欲をいえばキリがないし、どこかで満足しなくてはならない。武士は食わねど高楊枝というもは「人間」としての矜持の有り様だと思います。生存権を脅かされているのならともかく節度のない「衣食」のために矜持を持たない、善悪を考えないという人間は、個人的には尊敬できない。

 うーん、止めましょう。今回の自転車ドロに関していうなら酌量の余地なし。きちんと管理されている駐輪場に鍵をかけて止めてあった自転車を盗んでいくという行為のどこに酌量の余地があるのか?どこに切羽詰った必要性があるのか?出来心故の軽犯罪だから許されるというのは「初犯」のみの話ですわ。先にも書きましたが手口からして「ホンの出来心」ってわけではないでしょう。物色しての犯行だと思います。…軽犯罪を犯す人間は大抵それを繰り返す属性を有しているものだろうし、はっきり言って矜持も誇りもない人間のクズだと思いますので、掴まえたら厳罰に処するのが正しい対処法だと思いますな。ま、今回の件で必ずしも罰を受けるとも限らないので、故に個人的には「死ねよ」なんですけどね。

 これは万引きを常習的に繰り返す人間にも同じことが言えます。大人の被保護下にある未成年ならまだしも、良い歳した大人がやって良いことではない。テレビなんかでたまにやる万引きGメンの特集なんかではテレビ的見せ方として「情」のあるように編集・作成しているでしょうが、犯罪者を付け上がらせるだけなんで、有無を言わさず警察に連行ってな放送をぜひしてもらいたいもんですわ。

 不満二割の内、これは自業自得の話。今シーズン買ったコートと掛け布団、自分の不注意でダメにしていしまったんですよ。出費や、これまで使用した回数なんか考えると、結構な自己嫌悪になります。ま、自分の不注意だから仕方ない。…そうは思ってもやっぱりねぇ。ついてないなぁと思うんですが、ま、結局生き死にの問題じゃないし。ケセラセラ。セルヴィ。…なんだかなぁ。  

Posted by 藤志郎 at 00:16Comments(0)TrackBack(0)日常生活

2010年02月05日

「月待ちの夜に…」を始めて二ヶ月ですが…。


 早いものでこのブログを始めて二ヶ月余りが経ちました。ブログ総数はこの記事を入れると16。日数で割ると、まぁ四日に一回程度は投稿していたわけで、ほぼ目標(一週間に二回の投稿)通り。実際には偏りがあって、週二回を維持できた訳ではありませんが、個人的は良しとしましょう。

…このブログ、作成するのに結構時間と労力が要りまして、正直今のペースを維持するが精々の所。ま、「初めに」でも書いたと思いますが、あくまで個人的な愚痴が主体になっていますから、毎日更新は到底ムリですな…。

 で、今回のブログですが、最近サボっていた間に起きた事などの雑感です。(いつもの通り情報源はテレビとネットのニュースが主体ですのでご了承ください。)

…朝青龍、引退ですか。テレビは引退するまでは散々ヒールとして彼を利用してきたわけですが、引退表明した途端、手のひらを見事に返しましたなぁ。私個人としては朝青龍個人の立ち振る舞いの問題より、マスコミやジャーナリストと称する彼らの心の有り方の方が暴行事件を起こした朝青龍より見苦しく、卑しいものに感じてしまいますが、ま、彼らがエゲツナイのは今に始まったことではない。持ち上げておいて叩く。今テレビで活躍している人々は多かれ少なかれ経験していることでしょうから、珍しいことではないでしょう。芸能(相撲は芸能に分類されるものか分かりませんが)に生きる者の宿命で仕方ないと言えば仕方ない。変な話それは有名税ですから…。

 例えですが、蚊が人間の血を吸うのは当たり前で、蚊にしてみると、その行為の卑しさなんてものは分からないでしょう。ただ、あくまで「蚊」以外の立場から見たら「嫌だなぁ」「エゲツナイなぁ」という話で。蚊は蚊なんでしょう。…もっとも人間は哀しいかな他人の醜聞が大好きだから、彼らはその欲求を満たしているだけという考えも成り立ちますが…。

 朝青龍に関しては、「物語の中の魅力的なキャラクターであった」としか私個人は言い様がありません。暴行は許されるものではありませんが、情報が錯綜していて、それが「本当にあった」ことなのか分からない以上、論評は出来ませんわ。ただあったとされる事件自体は、彼の社会的な立場としては許されない行為であったかも知れませんが、結構世の中にはゴロゴロしている類(封鎖的な体育会系の組織等)の事なのかもしれません。無論だから許されるということではありませんがね。…ちなみに私は体育会系の組織を否定はしませんが自分で属そうとは思いません。はっきり言って大嫌いです。

 相撲は伝統文化かスポーツかという議論もありましたが、あれって関係ない人間からみたら良く分からない議論でして。

 私個人の意見ですけど相撲って一種のエンターテイメントでないんですかねぇ。私の感覚としては一昔前のプロレスといった感じがするんですけど…。つまり物語あってキャラクターがいるという世界。相撲に伝統、品格云々をいうならどうしてああも外国人力士が活躍しているのか疑問ですし…。スポーツとしてみた場合は実力主義、国際色豊かなのは当然だと思います。琴欧州なんか個人的に好きです。

小沢さんが不起訴になりましたねぇ。ま、白が証明されたわけではなくて疑わしきは罰せずって奴でしょうけど、いやはや、なんとも東京地検の大ポカなんでしょうねぇ、あれって。個人的な印象ですけど、どうも小沢さんってとっつき難くて好きになれないタイプの人だなぁって思うんですけど、どうなんでしょう、まさか東京地検ともあろうものが軽々しく動くわけないでしょうから、やっぱり何かはあるんでしょうけどねぇ。日本人は忘れやすいから次の選挙にどう影響するかわかりませんけど、民主党さん、もう少し頑張って下さいよ。自民党を批判していたのはなんだったんですか?野党時代の批判は批判のための批判だったんですか?

 ま、道義的責任は法律的な責任とは違いますから、免罪されるのは仕様が無いと思いますが、なんつーんですか、やっぱ道義的な責任をとらない人間は、人間的に好きになれんし信用も出来ない。いや政治家としての道義的責任はともかく、正直にいうと多少悪いことをやっても、それが個人の利益のためではなく政権をとるため、よりよき政策を実施するためにはどうしても必要なら、うーん、この際目を瞑るのも仕方ないかとも思いますけど、現状を鑑みるに片目も瞑れませんよ。 

 今日本経済って良くないですよね。JALは更正法の申請しちゃったし、デパートなんて閉店セール真っ盛りでしょう。外国のブランドも相次いで日本から撤退。自殺者は例年三万人超え。給料は据え置き。…というより雇用自体が危ない状況。こういう時こそある程度政治が明確に理念を打ち出して、主導すべきなんでしょうけど、…親から毎月一千万以上お小遣いを貰っていたような宇宙人には理解出来ないことなんでしょうかねぇ。…いやまだ日本は良い方だという楽観があるんでしょうか?普通景気が悪くなると株式と通貨って弱くなるらしいんですけど、リーマンショック以来円高でしょう。これって相対的には日本がまだ良いほうだってことなんでしょうかね?それとも世界からババを掴まされようとしているのか?頭のよろしい評論家の皆様や官僚の方々、政治家の先生方はどうお考えなのか説明してもらいたいんですけど…。

…というわけで脈絡もなく書いてしまいましたが、今日はここまでです。

そういえば今日から札幌雪祭りか。今年は寒くて雪も解けず、順調な滑り出し。良かった、良かった。  

Posted by 藤志郎 at 12:38Comments(0)TrackBack(0)愚痴

2010年01月28日

今更ながら…。

 今更ながらですが…。

 今年で私は33歳になるんですけど、この歳になると、ある程度自分に何が出来て、何が出来ないのか判断できるようになります。二十代から三十代の十年間を判断の基準にして、残りの人生に後どれ位の時間が残されていて、能力的に何が可能なのかということが、大まかにですが把握出来ると思います。

 世の中には死ぬまでチャレンジスピリッツを失わない人もいるでしょうし、五十の手習い、歳に関係なく好奇心や探究心の旺盛な人もいることでしょう。まぁ、それは羨ましくもあり見習わなくてはならない事なのかもしれませんが、全ての人間が真似できることではないこともまた事実でしょう。

 最近、頓にそんなことを考えてしまいます。

 私は自らを凡夫であることを自覚していますから、啓発本等や雑誌に書かれているようなサクセスストーリーを自ら実践できるとは思いません。大体何かの目標をもって努力することは意義のあることだとは思いますが、努力した人間が全てハッピーエンドになるわけではないということは、社会に出て十年も過ごせば自ずと分かるものです。ベンチャー企業を興して金持ちになる!会社の社長になる!挑戦なき人生は生きるに値しない!夢はでっかく持て!十代で純情であった頃の私はそういった類の本でもモノによっては感銘も受けたし、その気にもなったりしました。…でもまぁ、今は「ご自由にどうそ」です。

 高校で野球をやっている学生が甲子園も目指すのは当然です。甲子園で活躍した球児がプロを目指すのもまた当然。プロの世界で一流を目指し、一流になったらメジャーへ行ってウン億円を稼ぎ出すのもまた当然。ではその当然の結果の背景には何万人もの「当然」でない挫折した高校球児がいるという点を、扇情する人間は無視します。…まぁ、扇情に乗る方が愚かなんでしょうが…。改めて愚者であった十代の私の過去を振り返るに「若さ故の可能性」とは「無知なる故の妄想」であったと気づかされます。(ちなみに私は帰宅部所属でスポーツの類は一切していませんでしたが…)

 「組織」というものを考えた時、全ての人間が社長になれるわけではないし、またより上位の地位を望むわけでもない。その必要もないということを扇情を行う輩は(故意に)見逃しているようです。将官だけでは戦争は出来ない。能力や資質にも格差は存在する。そんなことは当たり前でしょうに。自らの器や素質、能力にあった地位や職責を円滑に果たす。器以上の責務は本人のみならず他人をも不幸にする。その辺りは凡夫は凡夫なりに考えるし、自問自答もします。

 自分は何を望んでいて、そのためにはどうすればいいのか?スキルや資格、実績はどういった手順で積み上げていくのがよりベターなのか?組織に属しながら依存しない(自己同一性を失わない)ためにはどうすればいいのか?

 自分の事ですから自分で決断すれば良いんでしょうが、やはり悩みは悩みです。

 …年末から年始にかけて何人か職場の人間が退職しました。来月には(私もその人も中途採用でしたが)同期の一人が離職します。人それぞれの人生でしょうが、今更ながら「生きていく」ってなんなんだろうなぁと考えてしまいます。

 来月私は誕生日を迎えます。…33歳、か…。  

Posted by 藤志郎 at 02:50Comments(0)TrackBack(0)愚痴

2010年01月25日

マンガについての一愚考

 この一週間仕事が忙しくてブログの更新を怠ってしまいました。いやはや、研修だのレポートだので意識がそちらに向きがちでして、更新目標を疎かにしていました。面目ないです。

 で、前回アニメのDVDについて書きましたが、それにちょっと関連して、今回は普段私が読んでいるマンガなどについて書いてみようかと思います。ま、仕事の合間(息抜き)に、あるチャットでこの手の話を最近したもんでして…。

 今回のブログの御題として。
①「マンガに対する姿勢から見える藤志郎の性格及び心理的傾向」
②「藤志郎にとってマンガとは何か?」

 …マンガですが、現在の私のスタンスについて初めに少々。実は最近まで「フジョシ」なる言葉(腐女子と書くのかな?)を知らんでおりました。とあるチャットである方に説明して貰いましたが、私の無知はさておき、現在のアニメ、原作のマンガにはコアな読者がついているということは理解出来、中々有意義な時間でしたが、話を聞いてちょっとビックリしたというのがホントの所でして…。
 
 まぁ、それだけ今のマンガが面白くて魅力があるということなんでしょう。アニメのみならずドラマ、映画の原作になる作品もあるし、ストーリーの質が高い品も多いと思います。でも、残念というか何と言うか、私は基本的に現在進行形で週刊誌や月刊誌に連載されているマンガについてほとんど知らないんです。

 小中高まではジャンプやマガジンを購入して読んでいたんですけど、大学に入学した位からまったく買わなくなりましたので、リアルタイムのマンガから遠ざかってもう十数年ブランクがあることになります。何本かは立ち読みで(ゴメンナサイ)読んでいたんですけど、現在はまぁ数本程度ですか。「蒼天の拳」「築地魚河岸三代目」「バカボンド」「はじめ一歩」「海皇紀」。それも毎回読むわけじゃなくて時々読み忘れします。なんといっても立ち読みですから(コンビニ関係者の皆様、ホントにゴメンナサイ)。

 では私は普段どんなマンガ本を読んでいるのか?…ブックオフで立ち読み+中古本買いが殆どですね。

 幽々白書、はじめの一歩、美味しんぼ、ギャラリーフェイク、シティーハンター、るろうに剣心、ジョジョの奇妙な冒険、七夕の国、特攻の拓、味いちもんめ、マスターキートン、蒼天の拳、修羅の刻、海皇紀、闇金ウシジマくん、風使い、将太の寿司、バカボンド、バスタード、ボンボン坂高校演劇部、こち亀、その他単発の作品集(鶴田謙二のスピリッツオブワンダー、思い出エマノン、不思議ハンターS等々)。

 …ざっと部屋の中にあるマンガを書き出してみました。もっとも上記の作品も全巻揃えているわけではないんですが、それでもマンガ本だけで200冊以上は持っていることになります。これが果たして多いのか少ないのか…。傾向としては新しく発表された作品はほとんど読んでいないということが分かります。もう何年も連載されている作品や終了した作品ばかり。これはやはり定期購読で雑誌を読んでいない影響でしょう。

…そう考えると雑誌という奴は出版社にとって本当に旨みのある単行本を買わせるためには絶対必要な物であることが良く分かります。…まぁ、そんなことはどうでも良いんですが…。

 ただ私の場合活字の方がより好みにあう感じがします。「美味しんぼ」も面白いけど、邱永漢さんや壇一雄さんのエッセイも面白い。小泉武夫さんや開高健さんの食にまつわる紀行文も面白い。北大路魯山人を読んだ後、美味しんぼを読むとさらに面白い。まぁ、そんな感じです。

 もっとも活字とマンガを比べるのもバカらしい限りなんですが…。どちらがより優れているというものでもないんでしょう。自分の中の解釈ではサッカーと野球を比べるようなものですわ。サッカーと野球、どちらがより素晴らしいかなんて、人それぞれでしょう。球技であるという共通点はあるけどルールもアクションも違う。マンガと活字も同じような物で、いわば別種の表現方法であり、立脚点が違う。…でも「サッカー(野球)が全て!他のスポーツなんて全然ダメ!」っていうのはどうかなぁ…。

 我々の親の世代のマンガに対する一種の偏見は「表現方法が単純で拙い」という点を論拠にしているように思われますが(確かにそういった作品も以前は多かったのでしょう。でもそれは活字にも言えることでしょうし)、今の作品群に対して同じ見方は出来ないと思います。まぁ、そうは言ってもリアルタイムであまりマンガは読んでいないんで、過大評価も出来ないんですが…。

 とまぁ、ツラツラと書き進めましたが、ここまでは結構他人に配慮した奇麗事が混じっています。上記の点に偽りは無いんですけど、本音に脚色された無難な意見といったところでしょうか。以下は個人的な本音ですが…。

 もう我々の世代でマンガやアニメに偏見をもっている人間はそうはいないと思います。つまり極論すると「マンガを読むとバカになる」等。でも個人的な見解としてマンガだけしか読まない人間は愚か者であるというのは一種の真実だと思います。より正確に言うと「愚か者の属性を有する傾向にある」というべきでしょうか。これは社会に出てから実際その手の人間を見て実感したことなんですけどね。勿論これはマンガに罪があるのではなく、そういう選択をする人間に問題があるということだと思います。

 これもまぁ一種の偏見に繋がるのかもしれませんが、やはり愛読書は?と訊かれて「ジョジョの奇妙な冒険」です!とは私は答えたくないんですわ。ジョジョの生き方に人生の全てを教わりました!ともあまり言いたくはないですな。あのマンガが素晴らしく面白く、示唆に飛んだセリフに満ちていることを知っていても、です。…いや、何万冊もマンガを読んでいてその中で、あの世界観、セリフ、コマワリ、キャラクター設定を滔滔と論じた上での話ならまた別かもしれませんが…。

 うーん、なんででしょうなぁ。

 と、色々書き散らして考えてみて気づいたことは、私の行動や思考、嗜好の条件として「論理性」に結構重きを置いているということが分かりましたな。これは自分でも驚き。…やっぱり屁理屈屋なんですわ。

 うーん。

 とすると前回書いたアニメの不満点が何なのかも改めて分かってきます。前回「中途半端」と書いたんですけど、つまりアニメの中に情報が書き込み不足だったということなんでしょうな。原作を読んでいる人間には不満だし、原作を読んでいない人間には「??」という点が結構あったんではないか?その辺りで感想が「うーん」ってことになったんだと思いますけどね。

 とちょっと話が脱線。

 後は「何々至上主義」が嫌いなんでしょうな。つまり私は相対主義者の傾向が強いんでしょう。日和見なんでしょうな。…今回のブログ、チャットのマンガ至上主義者、…マンガ上位主義者と話をしたのが大分尾を引いているようです。

 では私にとってマンガとは何んでしょうか?

 私にとってのマンガは息抜きですな。楽に読めるし、疲れない、中断しやすい。勿論楽しい。でもどっぷり浸る存在ではない。娯楽の選択肢の中の一つ。それ以上でもそれ以下でもないんでしょう。

 …ここまで辿り着くのにえらく時間がかかりましたな。ちょっと反省。

 …今回自分とは異なる価値観を持つ人間と会話して軽いカルチャーショックを受けたんですわ。…にしても若い子と話すのは疲れる。

 …歳ですなぁ(涙)。  

Posted by 藤志郎 at 00:22Comments(0)TrackBack(1)趣味

2010年01月17日

休日です②

 今日は休日です。昨日は夜勤明けでした。夜勤をやるとどうしても睡眠時間がおかしなことになりまして、ま、寝ないでぶっ通しで働くわけですから当たり前なんですけど、当然の如く次の日の午前中は体調ガタガタです。もう私も若くはないですわ。

 基本的に夜勤・明け・休日がお決まりのシフトなんで、休日の午前中は家で寝ていることが多いんです。しかしこれはどうにも損をした気分になりますよ。まったく、せっかくの休日だってのに…。ブツブツ。とはいえムリをすると今度は日勤の仕事がキツくなるし…。まったくどうにかならないものですかなぁ。出来れば寝なくても良い体が欲しい!…いや、寝るのは大好きだから、好きなだけ寝ていられる環境が欲しい1といった方がいいのか…。

 まぁ、今日なんかは、外は寒いし結構雪も積もっているし、無理して出かけることもないんですけど、たまの休みくらい外食して、買い物して、ストレス解消!息抜きしたいという欲求もないと言えば嘘になる、…嘘にはなるけど、無い物ねだりに近い感覚ですか。ぶっちゃけ、おとなしく引きこもっているのが楽だし、一番好いんですがねぇ。いや、基本的に何は無くても楽しい我が家ってのはホントなんで。

 で、引きこもりの正しい休日として、やはり読書かゲームかDVD鑑賞なんてのが定番なんでしょうけど、本日はDVDをまとめて観るということで落着。
 
………うーん。
……うーん?
…うーん…。

 いや、失礼。先日、近所のゲオで九枚で完結のアニメのDVDを借りてきてたんですけど、いやはや、なんとも…。原作も読んでいるけど、ちょっと、これは…。

 借りてきてから一枚ずつ観ていて、今日は残っていた四枚をまとめて観たんですけど、さて、なんと言ったらいいやら…。

 ま、漫画を原作にしたアニメって、あくまで原作は原作なんでしょうけど、ちょっと不思議というか、観方によってはフラストレーションが溜まるというか、ま、別にどうでもいい事なんでしょうけど、結局感想が「うーん」なんですよねぇ。

 声優も結構好きな人が出ているし原作も好きなんだけど、でもなぁ、なんでだろう、やっぱ違和感というか痒い所に手が届かないようなもどかしさ感じてしまうんだよなぁ。やっぱりこれって私の感性が今のアニメにはついていけなくなっているってことなのかなぁ。そういえばテレビでもアニメ観なくなって久しいし…。やっぱり感性が…。いや、それとも製作側の演出が拙いのか…。まぁ一作品をとってアニメを語るのは暴論、野暮の類だけど…。やっぱり「うーん」だな。うーん。

 ま、これはあくまで私個人の感想なんですけど、このアニメに関して言うと結局「中途半端」なんだろうなぁ。原作の世界に負んぶされていて、決して原作を踏み台にして、どこかで原作を乗り越えているような作品ではない。それなりに楽しめるけど秀作とは言えない。原作読んじゃってたら「あれ?」って感じになってしまう。いや、これ、あくまで私の感想なんだけど…。
  
 ちなみにこのDVDって「蒼天の拳」なんですけどね。ま、暇つぶしにはなりましたわ。  

Posted by 藤志郎 at 13:08Comments(0)TrackBack(0)日常生活

2010年01月10日

やっぱり〇ホなのか?

 いやはや、藤井財務大臣辞めましたねぇ。ま、体調不良じゃ仕様が無いか…。ってそれを信じるほど私もおバカではないですが、なんつーんですかねぇ、私の感想は「老害去ってまた一難。ブレは続くよどこまでも」ってな感じですかなぁ。

 だいたい四ヶ月で体調不良?そんなんだったら初めから閣僚なんてなるんじゃないと言いたいですが、ホントに病気なら、もう高齢なんだし、「激務」である議員も勤まるはずないでしょうから、辞めるのが筋なんじゃないの?と思っちゃいます。本人はどう思っているか知りませんが、どの世界(組織)でも余人をもって代え難しなんて人はいませんよ。そんなのは単なる感傷で、その人がいなくなれば別の人がちゃんと穴を埋めてくれます。それが現実です。

 ただ一部流布しているような閣内、党内の確執だったら、それこそリーダーとして鳩山さんはなにやってるんだよ?って話になりますしねぇ。

 正直民主党に選挙勝たせたのは国民ですけど、「一度やらせてみてください」のフレーズに騙されたって感じですか…。口説き落としてやっちゃったら、こっちのものってあんたらどこぞの結婚詐欺師と同じか!?

 まぁ、政権を奪われた自民党がだらしないっていうか、見限られて当然といえば当然なんですけど、結局、あの人たちは、目くそ鼻くそ、同じ穴の狢なんですかなぁ。

 管さんが後任になりましたが、藤井さんとは逆に円高へもってこうとする発言みられていますが、あれってどうなんでしょう。じゃあ、今まで藤井さんがやって来たこと(発言)はなんだったのってことにならないんですかねぇ。いや藤井さんがやっていたことが良いってことではないんですよ。それは以前のブログでは書いている通り、私個人はあの人(藤井さん)大丈夫かよ?って見ていましたから、管さんの発言も納得はできる。

 …でもですよ、じゃあ、管さんが後任になって藤井さんと違う(政治家は絶対自分に不利になるようなことは認めませんから今回の件(路線変更)も突っ込まれればのらりくらりと藤井さんの考えを引き継いだようなことを言うでしょうが)路線を打ち出した時、何で藤井さんが財務大臣やっていたの?彼が財務大臣をやっていた期間はなんだったの?あの人には財務大臣としての能力が無かったんじゃないの?あるいは閣内不一致じゃないの?僅か四ヶ月程度で路線変更するなら、藤井さん及び任命した首相の責任はどうなるのよ?って普通思うじゃないですか。
臨機応変といえば聞こえは良いが場当たり的なことで政治ってやっていいんですかな?

 私も自民党の麻生さん好きじゃなかったけど、ブレ始めている現在の鳩山さん(及び閣僚諸氏)に自民党を批判する権利ってあるのかいなってのが、まぁ、今の私の本音ですかね。

 大体あんなに選挙前に息巻いていた定率減税はどうしたの?それって上手い話で国民を騙していたことになるんじゃないの?寡聞にして民主党からの納得いく説明が聞こえてこないんですけど…。これって騙された方が悪いってことなんですか?…騙されたことに気づいた人間がどういう行動をとるか政治家の先生方には分かりませんかねぇ。政治家も落ちればただの人なんでしょう?

 いや、どうも自分勝手で随分酷いことを書いていると思いますが、発足して四ヶ月で色々なことがあったじゃないですか。普天間問題然り、八ツ場ダム問題然り、総理の9億円の政治献金然り、天皇の国事行為に関する小沢幹事長の発言然り、定率減税然り、天下り問題然り、財務大臣であった藤井さんの辞任然り。

 もっと、一貫性のある、少なくても説明されれば納得いく政治って望めないものなんでしょうかねぇ、少なくても先の選挙で民主党に投票してしまった私の求めるものはそれなんですけど…。

 以下は蛇足。

 人にしろ、組織にしろ信頼されるための絶対条件として、「ブレない」ってことが最も重要なんではないですかねぇ。選挙前と選挙後じゃ発言と行動がブレまくっているように(私には)見える民主党をそれでも信頼すべきなんですかな?

 極論すると騙されている人間が騙されていることに気がつかない程、上手に騙せるのなら、それはもう立派なモノだと思いますし、(騙されていても)信頼感をもてますが、今の政治家さんって「バカ」正直なのか、それとも詐欺師としても三流がいい所なのか、アマチュア意識が強いのか…。一体どうなんでしょうね?

 ここで今回私が結構キツイことを書くのは、まぁ、民主党に対する不信感もさることながら、政治家ってのはあらゆる職業の中で最も「プロ」でなくてはならない職業だと考えているからです。何十万、何百万の人間の人生を左右できる「力」を彼らは持っている。極論すると他人の生き死にを左右できるだけの力を持たされているわけでしょう?そんな人間がエクスキューズのきく「アマチュア」であっていいわけがない。

 大体彼らは自らすすんで(あるいは納得して)立候補して先生様になったんですよ。決して生活するため(生きるため)に政治家をやっているわけではないでしょうし、単に収入が良くて権力欲や自己顕示欲を満たすために政治家をやっているわけでもないでしょう。無論誰かに強制されて嫌々政治家をやっているわけではないでしょう。自分から責任を負う覚悟をして政治家になったわけです。少なくても私はそうみています。

 …つまり本人の意識と能力の双方からして「プロ」でなくてはならないはずです。間違っても「政治はアマチュアですけど、市民感覚を買ってください」なんて言えない筈です。だったら国民の厳しい視線にさらされて当然、失敗したら責任を取らされて当然、口先のギミックではなく実際の行動で判断されて当然なはずです。

 「私は人の役に立ちたいと思っています。だから手先が器用だし目端が利くんで、病気の人を助けることが出来る医者をやります。医者って高給だし尊敬もされるしカッコイイしね。ただ免許も実績もないですから誤診したり、手術で失敗しても許してくださいね」…そんなことをいう医者がいたら貴方は許せますか?…ふざけるなよって話になりますよね。政治家も同じではないですか。医者に資格が必要なように政治家にも「意識(見識)」と「能力」が絶対条件として必要なはずです。

 だったら政治家に市民感覚は必要ないのか、弱者や少数意見を代弁する人間は必要ないのかと言われるかもしれませんが、そういうことではないんです。私が問題にしているのは「意識」と「能力」の問題です。市民感覚も少数意見も「意識」を持つ上での立派なバックボーン(背骨)になるでしょう。しかし甘っちょろい考えや自己満足的な正義感と混同すべきではない。そんな意識と能力が低い人間は傍迷惑なだけだから
政治家なんかになるべきではないんです。(ただ困ったことに意識・見識・能力よりも世間への露出度で選挙が左右されることが多々あるのが実際の所でしょうが…)

 …とここまで書いて腹立たしいことに「収入が良いから政治家になりました」「親が政治家なので地盤を受け継ぎました」「市民の声を代表するために(アマチュアですけど)政治家になりました」って人が結構いる(いた)ことに気づき、愕然としちゃいましたけど…。

 まぁ、そもそも上記の政治家に求めるある種の「超人性(より高い見識・能力をもった人間)」はあくまで私個人の考え方に過ぎないんで、一種の暴論、妄想ととってくれても良いんですけどね(苦笑)。  

Posted by 藤志郎 at 12:38Comments(0)TrackBack(0)暴論

2010年01月04日

なんだかなぁ

 ええと、前回は年明け初っ端にも関わらずお見苦しいブログを失礼しました。もう年末から仕事、年明けも仕事となると頭がちょっとおかしくなります。…で、結局お正月らしいことといったら昨日ようやくお雑煮を作って食べただけと相成りました。もう世間様でもお正月は終りですからねぇ。なんなんでしょう、お正月って。ちなみに明日も仕事っす。きっつぅ~。

 まぁ、世間様のお正月はさておき、この時期、この歳になると無邪気に年が明けることを喜べないというか、考え込んでしまうことが多くなります。まずはやはり歳を一つとることへの憂鬱感。男でも三十路を超えると歳をとることに恐怖を感じるようになります。…いやこれは私だけというか、少数意見なのでしょうか?

 今年で私は三十三になりますが、結婚もせずに、特に目標に無く、ぶらぶら生きているようで良いのか、もっと真剣に生を貪って生きてみたいとは思わないのか?ちょっと自問自答してしまいます。…とはいえ常にハイテンション、ハイモチベーションを維持できる気力がないのもまた事実。あるいは体力の衰えに気力が引っ張られているのかもしれませんが…、三十代前半とはいえやはり体力には個人差がありますからね。

 気力の衰えに関して、最近気づいたことですが、どうも読む本の量が減ってきている、新しい本を読まずに古い本を読み返すことが多くなったということがあります。二十代はほんとに手当たり次第面白そうな本を買っていましたが、どうも最近は新刊を買うこともまずなく、新規の作家を開拓することもなく、読書で夜更かしすることもなく、気がつくと読むのに楽な本ばかり読んでいるようです。…というより本を買うよりマンガを買うことの方が多くなっているようで、ちょっと愕然とします。

 一部でマンガが日本を代表する文化であると言われて久しいわけですが、どうもマンガだけしか読まない「大人」というのにはなりたくないというのが本音でして…。出来ればマンガも読むし、本も読むし、ゲームもするし、映画も観るし、音楽も聴くし、社会にもある程度関心をもっている「大人」でありたいというのが私の人生の指針なんですが、どうもそれが崩れてきているなぁというのが最近の実感です。

 人間というより、私という個人に関して言うと、やはり気力、覇気、モチベーションというやつに限りがあるわけで、それも大した量ではないわけでして、配分を間違えるとやはり実生活が「痛い」んですわ。

 仕事ってやっぱ生きていくうえで重要なんですが、それだけの人生は嫌ですし、一人で生きていく上でイニシアチブは自分が握るべきでしょうしそれが一人で生きていくことの最大の利点でしょう。これが家族持ち、或いは守るべき存在がある場合配分に対する妥協も必要ですし、主導権や力点、視点がそちらに行くこともあるでしょうが…。

 今月はムリでしょうが、やはり来月辺りまとめて何日か休暇をとって、そう連続で四日間くらい休暇をとってどこか温泉でもいってリフレッシュした方がいいのかもしれませんねぇ。…「温泉」なんて二十代にはあまり考えなかったことですけど、やはり歳なんでしょう。
  

Posted by 藤志郎 at 23:38Comments(0)TrackBack(0)愚痴

2010年01月01日

謹賀新年?

 あー、眠い。…ZZZ。




 失礼しました。どうも明けましておめでとうございます。…にしても眠い。…いえ、昨日の大晦日夜更かししてテレビを観ていたわけではありませんよ。昨日は仕事でした。夜勤です。…考えてみると、一昨年も夜勤していましたなぁ。…別に望んだわけではないんですけど、この季節どうしても予定のない独り者には負担がかかってしまいます。…ま、それも仕方ないとは思いますけどねぇ。家庭持ちは何かとありますもんねぇ。家庭持ちでなくても実家に帰る予定のある人間にムリは言えませんもんねぇ。ま、実家に帰ってもお年玉をあげる相手もいないし、やることもない。誰かの代わりに夜勤をやった方が世のため人のためだとは思いますが…。…にしても眠いことは眠い。このままだとホントに寝正月ですわ。紅白の結果も知らず、初日の出も見れず、疲れて帰宅、仮眠したところでこのブログを書いていますが、うーん、我ながら虚しい。

 で、虚しいついでに、つい「理想のお正月」なるものを一人考えてしまいましたが、実行に移そうと思っても、これがどうもいけない。

では、お正月らしい、お正月、理想のお正月とはなんぞや?

 まずは御節にお雑煮。お神酒を飲みながらテレビをみて爆笑。一年の計でも考え、神社にお参りして、お年玉代わりに賽銭投げつけ、豊平川で凧でもあげて、太陽に向かって「やったるで!」と叫べれば、万々歳ですかねぇ。

 …で、実際のところ、お正月らしいものでも食べようかと思いましたが、あまり御節に興味はないし。一人で御節を食べてもあんなものは何も美味しくはないでしょう。というわけで事前に何もお正月らしいものは購入していない。買いに行くかなぁ。…面倒だしなぁ。御節却下。

 神社で賽銭?…何が楽しくて疲れた身を押して人ごみいかなきゃならないねん。いいって、家でテレビでも観ようじゃないか。神様もきっと他のことで忙しいだろうし、後回しにしても許してくれるさ。

 …ええと、テレビは…。あまり興味の引く番組はやっていないなぁ。お酒を飲んで一年の計を考えて…。お酒は…、お酒って飲めないんですよ、私。別に医者にとめられているとかそういった話ではなく、嗜好として酒は好きでないということで…。飲むとすぐ気持ち悪くなっちゃうんです。というわけでお神酒も却下。

 一年の計?先のことは分からないしねぇ。大体一年の計がどうしたら宝くじが当たるか?なんて考えても無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、ムダ、ムダ、ムダ、ムダ、ムダ!大体宝くじここ数年買った記憶もないし。買ってもいないのに当たるわけねぇだろ!っと自分で突っ込んでしまいます。URYYYYYYYYY

 お年玉。お年玉ねぇ。あげる相手も、くれる相手もいませんねぇ。これは幸運なことなのか、どうなのか…。ブツブツ。

 豊平川で凧揚げ?やっている人いるんかいな?この歳でムリしてポックリ逝った日にはご先祖様に申し訳ない。

…太陽に向かって「やったるで!」か…。日本の警察は勤勉だしなぁ。お正月でも不審者見逃してくれないですよ。私なんて、去年、ただ道路を歩いていただけで職質されたことありますからねぇ。…不審者か?私は。

 ゲームでもやるか?うーん、気力が湧かない。というか、明後日は早番で仕事入っているし、何かをする気力がどうも持続しそうにない。仕方ない、寝るべぇか。…寝よ。寝よ。

 つまるところ2010年初っ端早々寝不足の上に情緒不安定。凹んだ出だしとなりました。合掌。  

Posted by 藤志郎 at 17:04Comments(0)TrackBack(0)愚痴

2009年12月25日

薬に関するあれこれ

 先日風邪を引いたことを書きましたが、考えてみると私はここ数年、健康診断以外で病院を受診したことがありません。知人に言わせると、風邪でも市販薬に頼るのは危険きわまりない行為なのだそうですが、正直病院へ行くことを考えると、手軽に市販薬に頼る方を私は選んでしまいます。
 
 実家に暮らしていたころは、確か富山の薬箱みたいなのが常備されていて、使用した分だけ請求みたいな感じでしたが、あれはもう実家でも大分前に止めてしまったはずで、実家を離れた現在は近くのドラッグストアーのお世話になっています。

 ドラックストアーも乱立している昨今、それぞれ特色があるみたいなんですが、まぁ同じ系列でも店舗によっても違うだろうし、あまり確定的なことは言えませんが、本日は私が利用するドラッグストアについて思うところを書いてみたいと思います。

 まず家から一番近くにあるのはツ〇ハなんですけど、まぁ、正直ここではあまり買い物はしません。何がどうというわけではないんですけど、「自分で薬を選んで買う」ということがし難い店構えになっているんですよ。薬にも分類があって薬剤師がいなくては購入できないものがあることは知っていますが、薬剤師がいなくても販売できる商品でもカウンターの向こう側、対面販売ってのがどうも性に合わないんです。買い置きの薬が切れてしまった緊急時に利用するくらいですか。

 東札幌のダイエーの中にある薬局などもたまに利用しますかなぁ。これはあくまで買い物のついでで、時々湿布とか安く売っている時があるんで半分冷かしでのぞいたりすることがあります。ついでに立ち寄ったりするのには便利かな、といった感じです。…まぁ、最近大型スーパーやモールには大抵薬局がくっついていますから、あくまで買い物ついでにのぞくといった形になります。

 「薬」を購入するということで一番行くのは大通にあるブックオフの近くの薬局。店名は(気にしないので)知らないですけど、店員さんがとにかく元気なのが特徴。でも客個人に対して「どうしました?」とか「何をお探しですか?」的な接触をしてこない(少なくても私はされたことがない)のでこちらも気が楽。
 たまに薬棚を見ていると薬剤師と思しき人物が声をかけてくる店もありますからね。あれも好き好きでしょうけど私はどうも苦手。軽い、安価な薬を探しているのに薬剤師さんに「それならこれをどうぞ」と高価な(まぁ、薬剤師さんはそうは思っていないでしょうけど)ものを手渡された日には体調不良の身の上にはダブルパンチとなってしまいます。
 その大通の店ではカフェインの錠剤や鎮痛剤を購入したりしますけど、確か鎮痛剤も自由に手に取れる位置に陳列されていたはず。軽い頭痛薬くらい自分で手にとって購入できる方が私の好みなんです。
 以上簡単に利用する店について書いてみましたが、考えてみると健康マニアや薬依存症ってわけでもなく、薬ってそうそう消費するものではないんで購入頻度はそう高くないんで、あくまで休日に本屋に行ったついでに何気なく立ち寄ってしまう薬屋程度の位置づけなんですけどね。でも家の常備薬は大抵ここで購入しています。

 ちなみに常備薬っていっても頭痛や歯痛用の鎮痛剤と、食あたり・腹痛用の正露丸、風邪用の葛根湯、湿布と絆創膏にサプリメント数種類(カフェインも含む)に保湿用のクリームくらいしか持っていませんが…。どうなんでしょう、他に何か必要なんですかねぇ。包帯や血止めは今までの人生でほとんど使用した記憶もないし、乗り物酔いは別に必要ありませんしねぇ。他の家庭はどうなっているんでしょう?…消毒用の傷薬は買い置きしておいた方がいいのかな…。  

Posted by 藤志郎 at 14:52Comments(0)TrackBack(0)日常生活

2009年12月19日

暴論①「おばさん」

 先日札幌中心部へ買い物へ出かけた際、風邪をうつされてしまいました。ゴホゴホッ。

 熱は平熱と変わりないんですが、皮膚がかさつき、悪寒が走る。声がかすれるし鼻水が出るしと喉が痛む。体の関節が若干痛むのと、全身がだるくて力が入らない。斯様な症状がありまして、これは確実に風邪だろうと判断し水分を多く取り薬を飲んで安静にしていましたが、一日で快復するわけもなく、体調不良を押してここ数日仕事に出まして、治るものも治らないような状況と相成りました。幸いなことに今日と明日が休日なので、家に引きこもり完治を目指すことにします。

 まぁ、薬のお陰で日常的な行動を行う分にはさして支障がない状態で経過していましたが、仕事となるとこれはまったく別でして…。正直ここ数日はもうしんどくて仕方ありませんでした…。有休もあるし、病気のための欠勤なら別に問題はなく、休もうと思えば休めるんでしょうけど、仕事はチームプレイが主体でして、一人抜けるとどうしても他に皺寄せが来る。私も経験していますが、誰かが休んだために休日を潰され、出勤ということもある。ちょっとムリすれば連休(つまり今日と明日)があるし、歯をくいしばろうと思ったんですけど、これは他人に出来るだけ迷惑をかけない、借りを作りたくないという私の性格(奇麗事ではなくて依怙地なんですよ)と、社会人としての「責任感」、つまりは以前に書いた譲歩すべき部分に属することだと思います。

 …で、です。今回は職場の「おばさん」について書いてみたいと思います。今回体調不良で心も体も余裕のない状態で仕事をしてみて、以前から思ってはいたんですが、改めて「おばさん」という奴はホント始末におえないもんだなぁとしみじみと考えてしまった次第なんです。

 最初にお断りです。以下はあくまで私が仕事上出会った一部の「おばさん」のことでして、私の主観、バイアスが多分にかかっており、言わば一般論ではなく特殊論に属するものとしてお読み下さい。さらに、ここで述べる「おばさん」はいずれも私が実際に職場で接してきた人物のエッセンスを抽出したもので、個人の人格を攻撃するつもりはありません。…ちなみに私は現在32歳ですが、大学卒業後二回転職していまして、前々職では大阪から釧路、札幌の店舗と渡り歩きましたし、前職でもトータル百人程の人間と一緒に働きましたので比較的サンプル数は多いものと考えています。その上で現職での「おばさん」について述べたいと思います。

 まず仕事に対して「おばさん」は甘いなぁというか、甘ったれているなぁというのが実感。これは個人の性質というより私が「おばさん」と認識する存在全体に見られる体質なのかもしれません。自分で出来ることでも他人を当てにするし、仕事を分担する場合でも当然のように楽なほうを選ぼうとする。まぁ、体調が万全なら私も細かいことは言いませんが…、マスク着用してゼイゼイいっている人間に「アレもお願いします。コレもお願いします」はないでしょうに…。おまけにこっちが別の仕事をしているのを分かっていながらってのは…。あんたは今何の仕事をしているんだい?手があいているじゃん!オレハアンタノドレイデハナイゾ!デキルコトハジブンデヤレ!

 私が風邪を引いたのは、まぁ、引きたくて引いたわけではないにしろ、自己責任の部分(人ごみに出るならマスクを着用するなりして、短時間で用を済ませて帰宅すれば良かった等)があるし、それを理由に仕事の質を落として好いわけではなかろうと思いますが、それにしてもねぇ、というのがここ数日の実感でした。

 もう一つ、私の反省すべき点は、今の職場において私が「楽」をさせてくれる存在として「おばさん」に認識させてしまったことなんでしょうけど…。

 これは上司から直接きいたのですが、「藤志郎に頼めばなんとかしてくれるだろう」というのが私の職場での評価とのことです。暗にオヒトヨシという皮肉も込められているんですけど、まぁそれは良しとしましょう。おそらくそれが私の性分なんでしょうから。

 しかし、彼女らに対する私の認識も甘かったですわなぁ。持ちつ持たれつで、こちらがキツい時くらいフォローしてくれるかと思いきや、そういう考え方は無いようです。ギブ&テイクではなくてギブミーのみの思想なんですよ。

 仕事をこなすってことは、例えばABCDEという仕事があったら優先順位と人員・時間配分を考えて効率よく処理、対応するってことなんですけど、そういう考えも無いみたいです。私ならAという仕事を割り当てられていても、優先順位が高くなく、後回しにしても大丈夫なら、Bという優先順位が高く、かつ人手がいる仕事をしている人のフォローに入ります。Bの仕事が速く終わればBの仕事をしていた人間をフリーに出来るし、仮にBの仕事をやっている途中で別のEの仕事が入れば私がEの仕事に回ればいいし。他に仕事が回ってくる気配もなく、Bの仕事も手伝わなくても大丈夫そうなら、Aの仕事をすればいいし…。勿論これらの事は全体図やバランスを崩さないよう上司やリーダーにお伺いを立てて行いますけど…。

 ところがです。チームを組んで仕事をする場合、「おばさん」は大抵こういいます。私はAをやります。あなたはBをやってください。ついでにCもDもやってください。ああ、Aの仕事は忙しいなぁ。…そんなにAの仕事が忙しいのなら代わりますよ。そういうと物凄く嫌な顔をしますけどね。

 まぁ普段ならそれも給料分かと上記の件もあまり目くじらは立てませんけど、明らかに体調悪い人間に対しても同じことを言うとはねぇ。

 休憩時間大抵私は寝ているか、寝たふりをして過ごすんですけど、まぁ他人や「お客様」の不平不満を延々と話していることが多いですねぇ、「おばさん」って奴は。「私がAの仕事をしているのに、急にEの仕事をやれって言われた。冗談じゃないわよ。最低!」云々。そりゃ、Aの仕事よりEの仕事の方が優先順位が高いからだろう?その仕事ならAと併用して出来るんじゃないの?まぁ、そう思っても何も言いませんけどね。大抵の「おばさん」は執念深いから…。ここで否定するにしても同調するにしても後から「前に藤志郎さんが言っていたけど…」とさも私が発信源のように話されるがオチということは経験上知っていますしね。

 これはもう大分前の話ですが、「おばさん」に関わる具体的な話を一つ。私の仕事はチームごとにある程度役割分担が決まっているんですけど、別のチーム(専門職)に属するある「おばさん」が、私にその「おばさん」が属するチームの仕事について訊ねてきたことがありました。その「おばさん」は専門職のチームに属しています。私はその専門職について門外漢です。それは連携することがありますから、ある程度表面的なことは知っています。ですけど深いことは何もしりません。例えばその専門職の管轄する仕事に何か変更点がかかっていたら、もうアウトです。コレは今度からこういう風に変更しましたから、こうしてくださいと専門職チームから連絡が来て私が属するチームが動くことになります。それなのに専門職が門外漢に仕事内容について尋ねるってどういうことやねん!分からないならその専門職のチーム内の人間に訊くのが筋でしょうに!…おそらく彼女は私が(彼女の代わりに)その専門職のチームリーダーに話を通してくれることを期待したんでしょうけど、甘ったれるのもいい加減にしろ!と言いたくなりました。

 今回結構キツいことをツラツラと書きましたが、これは風邪で脳みそがやられて情緒不安手になっているせいだけではありません。

 実は最近仕事でお客様から苦情が来たんですけど、それってやはり「おばさん」の仕事のやり方が原因かと思われるんですよ。不幸にして苦情の対象になった人間は私もよく知っている女性なんですけど、正直、その女性に落ち度はないと思われることでした。

 先にABCDEの仕事があってと書きましたけど、その条件でAとBの仕事をしていて、急遽Eの仕事が入った時、Eの仕事をするべきなのはAとBどちらの仕事をしている人間だと思いますか?私はAの仕事をしている人間だと思いますし、私がその立場にあったらここでの口先だけの話ではなく、嘘偽りなく私が行います。

 でもAの仕事をしている人間が「おばさん」の場合そうは思わないんですよ。Bがしてくれるもんだと思っているんですね。結果としてBの仕事をしている人間がEの仕事もやることになるんですけど(Aの仕事をしている「おばさん」はAの仕事を忙しくて出来ませんでしたって平気で言いますから)当然Bの仕事を終えてからEに対応するとなると時間が押しますよねぇ。で、お客様にしてみると「なんでもっと早く出来ないんだ!」とその女性に苦情が来たわけなんですけど、これってその女性のせいですか?私は違うと思いますよ。

 私はここで書いたことは年配の女性についての一般論ではありません。年配だろうが若年だろうが責任感を持って仕事を行おうとする人間、他人と上手に連携して仕事をこなそうとする人間は断じて私のいう「おばさん」ではありません。逆に言うと責任感もなく甘ったれで他人にぶら下がろうとし、自分本位でしか「正論」を語れない人間は年齢に関係なく「おばさん」です。(おじさんはどうなんだという意見もあるでしょうが、私の職場には私を含めて三人の男性しかいないもんでして…。加えていうと私はともかく他の二人は断じて「おじさん」ではありません)

 実質的な仕事の問題だけではなく、「おばさん」が幅を利かせるようになると別の弊害も起きてきます。

 私の職場はほとんど新卒をとらず、途中入社で経験者を募集という所なんですけど、雇う側も現状を鑑みて「おばさん」でない人間を採ろうとします。まぁ、当たり前ですよね。ちなみに上の人間の「おばさん」に対する評価は「屁理屈こねて働かない」ってなものでしたが。…ですが、採用する際何で「おばさん」かそうでないかを判断するかというと、やはり無難に「年齢」で判断しようとするんですよ。これは「おばさん」に対する傾向と対策として、採用側は間違いではないと思っているんでしょうけど、実際一緒に働いている身としては「おばさん」かそうでないかは年齢はあまり関係ないというのが本当の所でして…。やる気と責任感があって経験豊富だけど、一部の不心得者のせいで「年齢」で採用をはねられてしまう人間もいるかと思うと不条理を感じてしまいます。

 もっとも私も結構な卑怯者ですから、自分の身が可愛いわけです。職場の「おばさん」に対して特に何も言いません。彼女らに批判と提言の区別がつくと思いませんし、何より他人に対する悪口、優越感が大好きなのは傍から見ていても手に取るように分かります。上司に対しても「おばさん」問題について提言もしません。前にも書きましたが職場に対して過剰な忠誠心は持ち合わせていませんし、勝手にしやがれというのが本音ですから。上司から人員募集について年齢を考慮する旨の内輪話は聞かせてもらいましたが、持論は何も言いませんでした。上司がその権限において判断し決定すれば良い事ですし。本来組織において決定権をもつ人間は一人で結構。それ故の地位と権限とそれに伴う責任と給料でしょうから。

 まぁ、そうは言っても朴念仁ではありませんから、こうしてブログで愚痴って憂さを晴らしたりしているんですけど…。

 結局このブログは私個人の愚痴ですから、解決策や具体案が出せる類のものではないんです。結論としては「おばさん」はどこにでもいるし、奇跡でも起こらない限り人間なんてそうそう変らないってことなんでしょうなぁ。

 蛇足。私の経験上の比率で言うと10人の人間がいたら「おばさん」及び「おばさん」傾向の人間は1~2名ってところでしょうけどね。しかしどうしてあんなに影響力というかインパクトが強いんでしょうねぇ?(まぁ、そう思うの私だけかもしれませんが…)  

Posted by 藤志郎 at 18:31Comments(1)TrackBack(0)暴論

2009年12月15日

物欲あれこれ

 結局「かつ屋」にてカツカレー(竹)とけんちん汁(大)を食べました。〆て944円也。ゲプリ。

 前回は外食(食事)について書きましたが、今回は「物欲」について書いてみようかと思います。まぁ、賞与の使い道をかつ屋で飯を食いながら考えたということなんですが…。

 まずは何を買うか考えてみました。

「靴」…前の靴を買って一年経つけど踵は切れてきたし、穴も開きそう。そろそろ限界かなぁ。

「スーツ」…社会人になって、つまりこの10年でスーツって二着買ったきりなんだけど(うち一着はリクルートスーツ)、会社の研修(スーツ着用)も来年あるし、一着新しいのが欲しいなぁ。

「テレビ」…大学入学の時に買ったテレビを未だに使用しているわけで、そろそろ買い替えかなぁ。いやアナログ放送終わるまで頑張るか?

「再録可能なDVDPLAYER」…ビデオテープって嵩張るし、最近安いものが結構あるじゃん。思い切って買っちゃおうか。

「インク」…プリンターのインクが既にない。結構値段がするんだよねぇ、あれって。三回も純正品フル装備するとプリンター本体の値段を超えるという不合理さ。どうにかならんもんかねぇ。

「DVD」…中古で面白いの結構出ているじゃん。一枚580円で、うーん、何枚買うかなぁ。

「部屋の収納グッズ」…この状況は何とかしないといかん!そろそろ大掃除だし…。

以上がカツカレーを食いながら思いついた品々なんですが、まとめて見ると、私の場合「必要な物」と「物欲の対象」があまり区別出来ない状態ということが分かります。

 スーツや靴は「オシャレ」という類のものではなく社会人として必要だろうし(必要なければスーツは買わないでしょうね。ただし今回は誤魔化せてもいずれ必要となることは必定)、インクも必要品でしょうなぁ。収納グッズも然り。テレビと再録DVDは今回見送る可能性大。中古のDVDも、どっちでもいい感じだし…。まぁ、大体予算で六万円もあればなんとかなりそうかといった感じですか。

 …考えてみると私はあまり面白みのない人間なのではないかと、我ながら思ってしまいます。オシャレは、ホントどうでも良いですし、家電とかの選び方もブランド名よりも性能と値段の釣り合いが取れているか否かを重視しますし…。旅行もあまりしませんし、外食などは前回書いたとおりです。まぁ基本給が少ないわけですから贅沢を出来るわけでもなく、結局何だかんだで使ってしまい大して残りませんが、借金しているわけではないし、さほど生活が苦しいとも感じません。いや、これで彼女なり伴侶なり、扶養家族がいれば話は違ってくるんでしょうけど…。

 結局考えてみると私にとっての幸せとは、暖かく(心地良く)、満腹で、好きな音楽と読み物があり、ゴロゴロ出来ること。これに尽きるようです。

 …まさに引きこもり中年への道まっしぐらといったところですか…。  

Posted by 藤志郎 at 12:13Comments(1)TrackBack(0)日常生活

2009年12月13日

外食あれこれ

 今日は休日ではありませんが、夜勤の日なのでこんな時間にブログを更新しています。

 さて12月も中盤に入りましたが、先日私が心配していると書いたボーナスが無事支給されました。金額は、…まぁ、公務員(札幌市職員)の皆さんなどに比べれば微々たるものですが、こんな世の中です、民間中小企業としては出してくれるだけでも御の字で、大変ありがたく頂戴いたしました。

 で、俄に懐が暖かくなると、まずは食べ物に目がいってしまうという辺りが育ちを感じさせますが、ちょっと外食でもしようかなぁと斯様に考えたわけでして…。

 「外食」…。普段あまりしないですねぇ。毎日の食事は、ご飯は自分で炊いておかずはスーパーの惣菜で済ますというのが基本的な私の食生活なんですが、一食大体五百円以内でやりくりしていますから、その値段で外食をしようとすると、スーパーで買った物を食べた方が量も種類も食べられることになります。一食五百円で外食。しかもある程度の頻度使用するとなると、これはもうほぼ毎回同じものを食べることになるかと思います。それならパン屋さんを利用した方がまだ満足感を得られるし、ぶっちゃけていうと毎回晩飯を吉野家のお世話になるくらいなら他品目化出来るという点で、カップラーメンORパン、ANDお惣菜一品AND清涼飲料水の方を私は選びます。ちなみにご飯を自分で炊けばご飯AND納豆OR漬物ORフリカケOR塩辛AND惣菜二点AND清涼飲料水という選択が出来ます。無論、たまには吉野家(を含むファーストフード店)という選択もアリなんですけどね。

 それでもたまには外食もします。休みの日に遊びに行ってそのまま昼飯、もしくは晩飯を外食ですませるといったことはあります。まぁ、私が行く店とメニューは大体決まっているんですけど…。

 予算は概ね千円くらいですかねぇ。12号線にある「かつ屋」でカツカレーの松にするか、東札幌のイーアスの中華料理店でセットメニューにするか、ラーメン横丁の某店のチャーシュー麺にするか、ファミリーレストランでステーキセットでも頼むか、ってな感じになります。

 予算をもう少し抑える(600~700円)と吉野家、松屋、なか卵、五十番、マクドナルドといった店があるんですが、こちらの方が利用頻度は高いでしょう。

 …さて今回はどの店に行きましょうかな…。

 蛇足ですけど、ボーナスの金額で札幌市職員が出てきたのは過日ニュースで放送していたためです。減ったとはいえ平均で六十万越えでしたか…。あくまで全職員の平均金額ですが、私の三倍近いボーナス貰っているわけです。…そうか、あの人たちって私の三倍も働いているって評価されているわけか…。(まぁ、評価はともかく、年収からいったら二倍は働いているはずだけど)  

Posted by 藤志郎 at 12:07Comments(1)TrackBack(0)日常生活

2009年12月10日

笑っちゃいますが…。

 実は9日は休日だったんですけど、会社に用がありまして二時間ほど休日出勤とあいなりました。残業手当は勿論ありません。あくまで「善意」ってことでして…。

 大体、休みの日は家で本を読んでいるか、ゲームをしているか、FXで為替を見ているか、掃除、洗濯、買い物などで消費されるんですけど、どうも僅かとはいえ休日に会社に行くとなると、「休日じゃないよなぁ」って感じになります。

 白状します。

 会社人間にとっては許しがたいことかもしれませんが、私は会社に対してさして忠誠心を持ち合わせていません。労働力を契約により提供しているという自覚はありますが、会社の大義に盲目的に従うつもりはありません。おそらく契約している労働力を提供できなくなったら、会社はいともたやすく私を切るでしょうし、それはキツいことですが、仕方ないことだとも考えています。

 たまにドキュメントやニュースの特集で鬱等の病気になって切り捨てられた人々のことを放送したりしますが、あれは理不尽な会社の欲求に応えた結果、身体や生活をぶっ壊された人間の悲劇と私は認識しています。病気になるほどの過度の要求に応えたんだから、会社も面倒みてくれという点でその「正当性」を私は認めます。

 ただし、会社は家族ではないし、今の世の中、家族だって結構簡単にバラバラになるんですから、契約という関係にある組織に過度の期待を抱くのは危険だとも思います。逆にいうと契約以上の関係を求めてくる組織にこそ問題があると考えます。当然それに応える義務はないというのが私の意見です。

 もっとも先にも書きましたが、ある程度は「善意」や社会上の通念で仕方ない部分もありますし、それを全面否定するつもりはありません。多少の譲歩は生きていくうえで必要です。今回のことは私の中では「まぁ仕方ないか」レベルの話でしたが…。

 しかし今更社畜根性は如何なものかというのが私の考えです。これは当節、我々の世代では当たり前の感覚だと思います。

 …ですがねぇ、世の中にはいるんですわ。金払っているんだから会社の命令は絶対だって感覚の人が…。どうなんでしょう、これは社会的動物である人間には当然あるべき本能みたいなもので、サル山での権勢誇示と同じと考えるべきなのか…。この辺りを論理的にまとめるには知識や知恵が足りないんですけどね。

 まぁ、これは自分の中での行動規範なんですけど、自分の存在理由につながる組織ないし共同体を守ろうとするのは当然だと思うんです。例えば私にとって家族は自分が損をしようが犠牲を払おうが守るべき存在です。ですが、私にとって会社は利益を追求する場であって、当然かけがえのない存在などではなく、まして自己証明の場でも存在理由の場でもありません。家族の利益や生活を守るために会社のやり方に妥協することをはあっても、会社の存在のために家族の利益や生活を犠牲にしようとは私は思いません。

 その辺りの価値判断は善悪の問題ではないと思いますが、もし他者にそれを押し付けようとするならこれは好悪の問題を離れ善悪の問題になると思います。

 ちょっと話がそれるんですけど、飲めない人間に酒をすすめたり、酌を強要する名目が「これも仕事の一部」「金払ってるんだから…」ってのはどうなんでしょう。まぁ、はっきり言ってこういう人間は私にとっては嫌悪の対象でしかないんで、論理的評価は出来ないんですけど、こいつ等には何を言っても無駄だろうなぁと斯様に考えるわけです。だって拠ってたつ基盤が違うんですもの。

 いや個人がどんな信条を持とうがそれはその人の勝手でしょうが、えてしてその手の人間は自分の考えを他人に押し付けたがるもんなんですよ。加えて自分じゃやらないことを他人にやらせたがるって傾向もあるもんで…、いやはや、なんとも…。うちの会社でも一度何かの宴会で上司が部下(若い女性だったそうですけど)に無理やり酌をさせて問題になったことがあるんですけど、まぁ、違う部署ですけど、バカはどこにでもでもいるもんだというのが私の感想です。

…まぁ、ちょっとした不満をこぼしてしまいましたが、自分を第三者の立場に置いたら、あまりにちっちゃな話で笑っちゃいますけどね。  

Posted by 藤志郎 at 01:32Comments(0)TrackBack(0)日常生活

2009年12月09日

天候不順?

 どうも最近の札幌は天候不順でして、夜中に雪混じりの雨と突風が吹き荒れたりしております。雪が少ないのは歩行にも自転車にも良いんですけど、これも地球温暖化の影響なのかとちょっと心配になってしまいます。先日「懐も寒い師走」と書きましたが、どうなんでしょう、懐はともかく今年はひょっとして暖冬になるんでしょうか…。去年だか、一昨年に引き続き、札幌雪祭りの設営が大変になりそうな気配です。

 で、まぁ、天候不順はさておき、いや題名に「天候不順」と書いておきながらなんですが、今回はちょっと、このブログ自体について書いてみようか思いまして…。

 読んでいる方はご承知でしょうが、私がこのブログを初めてまだ日も浅く、まぁ、参考のために巷に溢れているブログ関連の本なども立ち読みしたりしてみたんですけど、どうなんでしょう、ブログって結構な頻度で出さないとドンドン読まれなくなっていくものなんでしょうか。

 いや、駆け出しの人間がこんなことを心配する必要もないんでしょうけど、やはり、ある程度、定期的にブログは更新したほうが良いというのはどの本にも書いてあることでした。

 うーん、でもなぁ、一言メモみたいな感じで毎日更新するのもアリだと思うんですけど、なんというか、性格的に向いていないというか、思いついたときに結構まとまった分量を書き込むってのがどうも性にあっているみたいなんですよねぇ。こう筋道をたてて論理的に文章を書くってのとは違うんですけど、自分で考えながら書いていくと、ついつい、文章が長くなってしまうんです。(つまり、しまりのない文章を書き綴ることになるわけですけど…。さらに自分でつっこむと結論の着地点が自分でも見えていないってことなんですよねぇ)

 まぁ、論文のように章立てが必要だとか、形式がこうでなくてはならないという決まりがある訳ではないでしょうし、自分の好きなように書ければ良いかと、この問題は一先ず決着。

 では更新の間隔はどのくらいがベストなんでしょう。…確か芸能人のブログで訪問者数を上げるために一日に何度も更新をするって話を小耳に挟んだこともありますが、それはやはり芸能人、営業の一環という意味合いもあると思いますし、私にはそんなネタもなければ、根気もないし、やる意味もない。うーん、となるとやはり書きたい時に書くのが私にとってベストなんだという結論に行き着くわけで…。さらに休日の関係も更新ペースに関係してきますな。しかしある程度目安を決めておかないとドンドン堕する(ペースを落とす)可能性もあるわけで…。せっかくやるんだったらそれももったいないし…。

というわけで、最低ラインとして週二回更新を目指して頑張ることをここに誓います。  

Posted by 藤志郎 at 05:47Comments(0)TrackBack(0)日常生活

2009年12月07日

「政府の人間って〇〇なの?」そう思う我は「バカ」なのです。

 「初めまして」でも書きましたが、これは批評家や学者さんのご意見ではなく、下層社会に生きるおバカな社会人のボヤキですので、まずはご了承の程を…。

 ええとですね、私、新聞をとっておりません。社会人としてどうかなぁと思わぬでもありませんが、月三千円の出費を、読みもしないでゴミにする新聞に出すつもりはないということなんです。いやこれでも学生時代と新社会人の時代には勧誘員に騙されて、もとい上手いことのせられとっておりましたが、パソコンでネットをやるし、携帯でもニュースが見れるとなると、紙媒体で嵩張る新聞の必要性はグンと減りますものね。私見ですが、単に情報を得るということでしたら新聞はあまり魅力を感じません。と、ここまではまずは前提。

 で、世間の情報ってのはもっぱらネットと携帯のニュース配信とテレビになるわけですけど、ま、それらの情報に日々接するに、国家の中枢にいて権力を握っている「政治家」及び「官僚」と呼ばれる人々はひょっとしてひょっとすると「ア〇」なのではないか?という疑念がむくむくと胸中に沸き起こるわけですよ。いえ、おそらくは情報発信者の見解に引きづられている部分が多々あると思うんですけど…。

 何せ注意して聞かないとコメンテーターの意見ってやつは、それこそ玉虫色かつ後出しジャンケン的なんで「御尤も」と思ってしまいます。…でもそれにしてもねぇ、最近社会は良くなっているのか?という疑問が現実の皮膚感覚として実感してしまうのですよ。

 すなわち政策決定権を握る人間に対して「大丈夫なのかよ?」と思ってしまうのです。

 ま、ここで民主党と自民党、先の選挙でどちらを勝った方が我々には良かったのかとか書くつもりはありません。民主党政権になってまだ三ヶ月。前にも書きましたがそんな立派な見識は私は持ち合わせていませんので…。

 本音を言えば、投票はきちんとしましたが、実際選びたい方を選ぶんではなくて、消去法で残った方が選ばれるみたいなところがありましたし。いや、あくまで自分と自分の身の回りの意見としてなんですけど、まぁ、ぶっちゃけ目くそ、鼻くそといいましょうか、なんといいましょうか。…いや失礼。

 沖縄の基地問題ってあるじゃないですか?先日社民党の党首がなにやら発言していましたけど、あの発言自体は別に驚きません。だって、あの党の考え方は昔からそうだったんでしょう?だとしたら今回の発言は当然でして、これって連立組んだ時から分かってたことではないんですかねぇ?それを今更離脱を匂わすのはどうしたもんなんでしょう?…言うだけで万事解決するって考え方はあの党、野党時代からそんな感じだったと思いますし、私個人としてはあまり好きなスタンスではないんですが…。鳩山さんがどう判断し、岡田さんがどうさばくかを注視です。

 付け加えると、あの党首の発言について、別に非難するつもりはないんです。少数意見だろうが、実現困難だろうが、理想は誰かが語らなければならないだろうし…。ただそれを責任もってやれるかというとまた別問題でしょうが…。今後の方向性が決定した時点で「騙されていました!知りませんでした!」って言うのは見苦しいんで今回は勘弁してというのが私の意見なんですけどね。また現実問題として移転となると北海道を含む他県も他人事ではすまされないでしょうし。その時私はどんな意見を持つのか、そっちの方が重要です。

 いや申し訳ない。本来の話からそれちゃいました。ええとですね、今回ここで書きたかったのは経済のことなんですよ。経済っていっても、ま、大きな話ではなくてちっちゃな「個人的恨み」って奴ですのでツラツラと読み飛ばしてくださいませ。ここからはホントのボヤキですので…。

 先日十何年ぶりかの円高があったじゃないですか。確か84円台にまで「急激」に円高が進んだ、いわゆるドバイショックというやつ。いえ、実はあれで私少々、というより大分痛い目をみました。…実は私小遣い銭で小額のFXをやっておりまして…。まぁ、本業は会社員ですし、生活費を突っ込んで、きったはったをやっているわけではないんで、痛いといっても実生活になんの支障もないんですけど、…うーん、本音をいうと精神的にはやっぱり痛かったですよ。

 例えていうと「転んで擦り傷を作った」程度なんですが、実生活には支障がなくても不快だし痛みもあるし、注意不足の自分に腹が立つってな感じですか。ま、実際の数字で書くと大体二十万円くらい一気に吹っ飛んだんですけど(今年の一月に三万円入れて、後は毎月一万円くらいづつ出資して、儲けが六万円くらいはあったのかなぁ)、それは、まぁ、仕方がない。ロスカットきっちり入れておかなかった自分が悪い。はっきり言ってFXって投資じゃなくて投機だから、まぁ、パチンコや競馬で負けたのと同じで、勝負の結果については「是非もなし」です。

 結局残ったのは初めに入れた三万円弱だけ。後月々突っ込んでいたお金と儲けは全て流れてしまいました。まったくもって労力と時間の無駄でしたが、まぁ、それは良いんです。あくまで小遣い銭の中から捻出していたお金なんで、先に書いたとおり、痛くても我慢は出来ます。問題というか、「ちょっと待てよ?」と誰かの首根っこを掴まえて左右に揺すりたくなったのは、そこに向かうまでの政府及び官僚の対応・過程です。

 私なんて半分遊び(ギャンブル)でやっているからいいでしょうけど、輸出産業や為替相場に左右される組織の人々は生き死にの問題で、ホント政府の発言、対応には腸煮えくり返っていたんではないでしょうか。遊び半分の私でさえ、「オイ!オイ!オイ!」って激しく突っ込みいれたくなりましたもの。

 一人槍玉に挙げると、財務大臣の藤井さんとかいう人。あの人ホントに財務大臣で大丈夫なんですかいな。あの人は民主党の中で「経済通」で通っているんでしょう?しかし、こと為替にかんしていうとおかしな言動結構していましたもんねぇ。初めは円高容認ととれる発言。それが非難され、円高すすんじゃうと、「為替に関しては絶対口にしない」とかのたまっちゃうし…。

 あのー、発言することが悪いんじゃなくて「不適切な発言」が問題なんではないでしょうか。「そんなこと言うなら、もう言わないもん!」って、その辺の小学生じゃあるまし、大丈夫ですかい?

 で、結局84円台に突入してからの介入。…おそらく介入してるんでしょう?

 個人的ボヤキですけど、なんでもっと早く手を打たなかったんでしょうかねぇ。早めに動いていれば私も無駄金を、…いや失礼、もっと効率よく税金を使えたんではないんですかねぇ。それこそ下手な事業仕分けするよりよっぽど無駄を省けたんではないですかな?円高に行けば行くほど買い戻すのにお金いるんじゃないんですか。…ま、この辺りは素人なんでよく分かりませんけど。(無論事業仕分けが不要っといっているわけではないですよ)

 実際、86円台でなんらかの手を打つだろうと私は読んでいたんですけどなぁ。うーん、ま、この辺りは恨み節ですが…。

 で、今回の教訓。他力本願はいけません。

 何にせよ、改めて政治(家)には過度の期待をかけてはいけないという意識がきっちり持てました。彼らのやることに関しては結果がよければめっけもの程度に考えていた方がいいのかもしれませんねぇ。

 「あいつら〇ホだし」と思えば大抵のことは許せそうです。

 ちなみになんでも自分の都合よく世の中回ると考えていた(望んでいた)私はバカの類ですが…

 ともあれ、政策の結果がダメなら次の選挙で落ちてくれるよう願いながら、投票する。民主政治において最強の権力者は投票者でなければならいはずですもの。その上であとは自己責任で生きていくしかないですな。(…でも閣僚を選んだのは鳩山さんだしなぁ。国民に大臣の決定権はないですもの)


 蛇足ですけど、これを読んでいる人でFXやってみようかなぁという人いらしたら、やめといた方がいいと思いますよ。少なくても儲け話に惹かれてFXやるのはやめておいた方がいいです。私もFXを始めて二年以上経ちますけど中々儲けることは出来ません。正直いってマイナスですよ。(面白くはありますけど)

 最近FXのCMとかよく観ますけど、あれもどうかなぁと思いますけどね。変な例えですけど消費者金融は善意の金貸しではないですし、パチンコ屋さんはパチプロを養うために店をやっているんじゃないということです。宝くじが当たった人は実在しますが、当たらない人の方が何万倍も多く実在します。ま、あくまで人生のスパイスというか、余興、趣味、遊びで済ませておける範囲で行った方が無難だと思います。FXを実際にやっている私がいうことじゃありませんが(苦笑)。  

Posted by 藤志郎 at 12:28Comments(1)TrackBack(0)愚痴

2009年12月05日

休日です。

 昨日(四日)に引き続き、本日(五日)私は休日なんですけど、いやー、雪は降らねど、寒い、寒い。こういう日はあまり外に出たくないんですけど、なかなかそうも言えない事情がありまして…。

 現在私は借家住まいなんですけど、これがワンフロアーの狭いものでして、洗濯機を置く場所もない有様。仕方ないのでコインランドリーを定期的に使用していますが、独り身の哀しさ、ついつい汚れ物をためこんでしまうんですよねぇ。家から一番近いランドリーは南郷通りにあるやつなんですけど、あそこは二十四時間営業でなくてAM6:00からPM24:00までなんで朝一で洗濯物を抱えて行ってこようかと考えています。

 まぁ、コインランドリー通いは今の場所に住んでいる限り避けて通れない作業なんですけど、寒くなると億劫なのも確かです。しかし当分引っ越す予定はないですし…。

 いやいや、ぶっちゃけた話、現在の給料だとこれ以上家賃の高いところはちょっとねぇ。コインランドリーを一回利用すると乾燥含めて千円は取られますから中古でも洗濯機を買って自宅でやった方が何かと合理的と思うことあるんですが、引越しにかかる費用と家賃の増額、それから職場に通う時間とかを考えると10日一回程度ランドリー通いをしたほうが良いのかなぁというのが今の現状ですかねぇ。

 大体、うーん、賞与こみの手取りで年収220万円ちょっとですから、扶養家族がないとはいえあまり贅沢は出来ませんよ。まぁ、今のところリストラされそうとか職を失いそうとかいうわけではないですし、借金もないですから低空飛行ながら一応生活は安定していますけど…。

 景気は底打ち、回復傾向なんて政府発表でよく聞きますけど、あれってホントなんですかねぇ?少なくても北海道では真実味のない話に聞こえて仕方がないんですけど…。今はデフレだそうで公務員とか年金生活者には住みよい社会かもしれませんが、私のように低所得者層に属する人間にとっては懐も寒い師走になりそうですなぁ。

 今月賞与はあるとは思うんですけど、実質的にどうなるんだろう。目下の心配事です。  

Posted by 藤志郎 at 01:02Comments(0)TrackBack(0)日常生活

2009年12月04日

初めまして

…月日のたつのは早いもので、もう師走ですが、今年は例年の札幌に比べて市内は雪も少なく、自転車使用者としてはありがたい限りです。

申し遅れました。私札幌在住の32歳の会社員です。付け加えると趣味は昼寝と読書の結婚暦なしのもてない独身男性です。ま、日々の生活は会社と自宅(マンションという名のアパートですが)の行き来が大部分を占めておりまして、極平凡に生活しているありきたりの社会人でございます。

このブログはそんなどこにでもいる一社会人の個人的ぼやきに終始させるつもりで立ち上げました。いえ、ホントのことを申しますとあまりに日々の生活が味気ないものでして、少々のスパイスになればと、まったくの利己的な発想がブログを書く動機でして…。

というわけでしてここで書くのはまったくの個人的見解でして、社会に対して物申すというつもりはございません。つまり学者さんや評論家のように自分の「正しさ」を主張する気も大上段で世間を斬り付けるつもりもありません。というよりそんな見識や能力もありませんし。あくまで個人の日記、戯言の類、愚か者の妄想程度とお考えいただければ幸いです。無論そうは言っても「文責」はございますから、個人名や組織名には配慮したいとは考えていますけど…。ま、今の段階では「捕らぬ狸」でして、…そうですなぁ、目標ですけど、出来れば数人、多くても十人程度が私の「ぼやき」を読んでくれる状況になれば万歳です。

では、いつまで続くか分かりませんが、しばしお付き合いいただければ幸いです。  

Posted by 藤志郎 at 05:08Comments(0)TrackBack(0)日常生活